「打錯門」(人違い事件)その2

こんばんは。明日って言っておきながら例によって一日遅れてしまいましたが、前回紹介した「人違い事件」の続きです。

本事件には中国語で「信訪」、「上訪」と呼ばれる、上級政府機関への直訴が関係しているのですが、今回はこの点について少し説明したいと思います。

詳しくは、以下の国会図書館調査レポートを参照ください。
http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/refer/200805_688/068803.pdf

言うまでもないことですが、中国では様々な社会問題が起こっています。典型的な土地強制収容の問題を例にとれば、地方政府が地上げによる利益を狙って土地の強制収容を行い(ここまでは合法)、その際に約束した補償金や代替農地等をいつまでも渡さず、元の土地(利用権)所有者が途方に暮れてしまう、といった事件がそこらじゅうで発生しています。

ここで考えたいことは、ではその被害者に何が出来るのかということです。一番に思いつくのは、弁護士に相談して訴訟を行うということでしょう。違法行為の内容によっては、警察等に相談する可能性も出てくるでしょう。

ところが、中国では司法をあまり信用することはできません。裁判官が買収されるケース、さらには訴状を裁判所で受けとってもらえないというケースすらあるそうです。極端な場合には、そもそも裁判プロセスすら始まらないということすらあるわけです。その他、応用編として、奇跡的に裁判で勝っても賠償金をいつまでも貰えないというケースも存在するそうです。

そんなこともあり、この国では昔から、上級政府機関に下級政府機関の不正行為を訴える制度が正式に存在しており、それが「信訪制度」です。昔のテレビドラマ「大地の子」の中で、主人公である陸一心の冤罪をはらすために父親が直訴に出かけるシーンがありましたが、それがまさに信訪です。地方政府の信訪専用窓口を通じて下級政府の不正行為を訴え、処分に不満があれば、県→市→省→北京(中央)と次々に上に上げていくことになります。また、制度内の正式な陳情に加えて、直接政府高官に訴え出るという作戦も度々同時にとられます。

かくして、中国で発生している様々な不合理な事件の被害にあった人々は、この信訪を行い、同時にインターネットやメディアが事件を取り上げるように働きかけていくことが救済を得るための基本的な作戦になります。他方で、地方政府なり企業なり、後ろめたい思いのある人々からしたら、この作戦が成功して、ハラを切らされることが最も恐ろしいこととなるわけです。

そんなわけで、信訪は中国政治の一つの焦点となります。信訪窓口には各地方の公安関係者が張り込み地元の信訪者に様々な妨害を働いていると言われています。時には、地方自治体事務所等(監禁部屋があるらしい)に強制連行し、金銭で買収しようとしたり(一見和解っぽいですが、直訴にきた代表団だけを買収する切り崩し作戦です)、有形無形の脅しをかけたり、労働教養処分にしたり(中国特有の教養のかけらもない制度で、司法プロセスを得ずに公安部門の判断のみで「行政措置」として最長4年間強制収容することができますhttp://www.amnesty.or.jp/modules/wfsection/article.php?articleid=1487)更には精神病院送りにしたり(もちろん一度入ると出てこれない)するそうです。そして、その他にも特ダネを狙う内外の記者が出没し、それを監視する人間や治安維持関係者がいたりと、凄まじい様相を呈しているそうです。

ものすごく脱線しましたが、今回の事件と切りはなせないバックグラウンドとして、中国におけるこのような直訴制度があるのです。今回の記事も報道等をもとにして自分なりに書いたものですが、この手の話はどこまでが本当でどこからが誇張なのか、なんとも判断しかねるところがあります。そういう前提のもとで読んでいただければと思います。

興味がある方への参考文献として以下の本を載せておきます。
阿古智子「貧者を食らう国」新潮社、2009年

田中直美「中国陳情村」小学館、2009年

最初に想定していた以上に長くなってしまいましたが、次くらいでまとめられるようにしたいと思います。次回の更新は週末中を目標にしてみます。ではでは。