「打錯門」(人違い事件)その1

お久しぶりです。

ブログを更新出来ていない間に、とっくに大学の授業も終わり、夏休みに突入しました。

いい加減に、中国生活を振り返り自分の考えを紹介する記事を書きたいと思いつつ時間が過ぎてしまっているのですが、今回もまたしても事件の紹介です。

今回紹介する事件は、通称「打錯門」、日本語に訳すと、「人違い事件」というところです。

はっきり言って、自分が中国に来て以来最も衝撃を受けた事件です。今回はこの事件の何にそんなにビックリしたのかということを紹介し、それを通じて中国の社会問題をすこし論じられればと思います。

本記事は、例によって愛読している「南方都市報」の記事をもとに書いています。原文は以下のとおりです。
http://nf.nfdaily.cn/nfdsb/content/2010-07/20/content_13939511.htm
http://nf.nfdaily.cn/nfdsb/content/2010-07/21/content_13984225.htm
http://nf.nfdaily.cn/nfdsb/content/2010-07/21/content_13986692_2.htm

事件のあらましは以下のサイトに記されています(日本語です)。
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2010&d=0721&f=national_0721_087.shtml
現時点で、この他の日本語の報道は全く出ていないようです。

英語では、いくつか報道が出ています(頑張れ日本のメディア)。
http://af.reuters.com/article/oddlyEnoughNews/idAFTRE66K1QC20100721
http://www.bbc.co.uk/news/world-asia-pacific-10713681

簡単にまとめると、6月23日9時10分頃、陳玉蓮さんという58歳の女性が、湖北省政府の門の側で携帯をいじっていたところ、突然私服警官(もちろん後になってから判明する)6人が殴りかかってきて16分間にわたり殴り、蹴りまくり、起き上がってきたところ、さらに抑えつけてボコボコにしたという事件です。



写真のとおり、おばあちゃんが見るも無残に傷ついてしまっています。(これでも一ヶ月経過した後です)

暴行事件は残念ながらこの国ではよくある事で、田舎の農村などでは不正を訴えようとしたり、立ち退き絡み等々の理由でしょっちゅう暴行事件が起きています。それに警官が加担する事件も前例があります。(さらに、報道されずに闇に葬り去られる事件も多々あることでしょう)

では、この事件の何が特別かと言えば、まず、被害者の陳さんが湖北省政法委員会総治維穏弁公室(省の公安委員会の治安・社会安定担当課室といった感じです(注:あくまで想像))の副主任である黄仕明さん(ようするに高級官僚)の夫人であることです。

そして、この事件が炎上する原因となる発言が飛び出します。

事件から8時間ほど経過した同日5時過ぎに、公安関係者を中心とした、政府の高官が病室の陳さんのもとへ謝罪に訪れたのですが、その際に区(ちょうど東京都の区と同じくらいの位置づけです)の警察トップ(区公安分局政委)が、なんと、

「指導者達はこの事件を非常に重視している、その証拠に、こんなに早く駆けつけて来た」「今回の事件は全くの誤解であり、高級指導者の婦人に暴行を行うとは思いもよらなかった

という発言を行ないます。

言うまでもないことですが、
「中国の警官には人をボコボコにする仕事があるのか?」
「そもそも警官って人をボコボコにする権利があるのか?」
「一体、高級官僚夫人は殴ってはいけないけど、一般市民なら殴ってよいって、どんな場合だ?」
等々の疑問が瞬間的に沸いてでてくる、とんでもない発言です。

その後、事件から約一ヶ月の時を経て、どこかの誰かがネットに本事件についての書き込みを行ない、このセンセーショナルで間抜けな発言は広まっていき、7月20日各紙が裏付けを行った上で一斉に報道を行ないます。

そして本事件についた名前が「打錯門」。

少し解説しますが、「打」は動詞で多義語です。「殴る」のほかに、電話を「かける」、傘を「さす」、タクシーを「とめる」等々たくさんの意味があります。「錯」は間違えるという意味です。「門」は「事件」を意味するのですが、一種の流行語で、中国で起きた多くのスキャンダル事件は「○○門」と呼ばれています。これはウォーターゲート事件が中国語で「水門事件」と訳されるのですが、そこから転じた言葉で、例えば、女性の淫らな写真がネットに流出した場合などにも良く使われます(例:重慶看護婦門)。それで、二文字つなげた「打錯」は、通常は電話をかけ間違えた際の「間違えた」という意味で使います。ところが「打」には殴るという意味もあるので、今回の事件のタイトルとして、「人違い」と「殴り間違い」が上手く掛詞になっているわけです。

かくして長くなりましたが、本事件は「人違い事件」と名付けられているわけです。

今回の記事は脱線する気満々なので、いろいろ話が飛びますが、ひとまず話を元に戻して、事件をもう少し詳しくみていきます。

被害者の陳さんは、殴られた際に、「私は省政府職員の家族だ」と言ったそうですが、私服警官は「省長(日本で言う県知事です)の夫人でも殴っているさ」といって、さらにボコボコにしたそうです。

近くに住む陳さんの知人も飛び出してきて止めにかかったそうですが、私服警官はそれをはねのけてさらにボコボコ殴り蹴り続けます。

その後、陳さんは政府ナンバー(鄂A・W0244)の車で連れ去られ(抵抗したところ、私服警官たちに無理やり載せられます)、信訪事務所の警備室(「信訪」は上級政府への直訴を意味しますが、これは大事なポイントなので後述します)に拘束されます。陳さんが病院に連れて行くように訴えますが、監視している警官に怒鳴られます。その後、陳さんは部屋の電話を使い出張中の夫に助けを求めますが、最初は冗談かと思い信じてもらえません。その後、夫は上司に助けを求めますが、上司も同様になかなか信じず、結果、助け出されるまで長く待たされることになります。

その後、陳さんは病院に入院することになりますが、警官が常に「警備」につき、トイレに行く際でさえ、付いてきてドアの前で待つほどの徹底した「保護」を受けます。(後に抗議をして警官の警備はなくなったそうです)

暴行が発生した場所が省政府前だけに、全部で5台もの監視カメラで暴行シーンは録画されており、ある陳さんの親戚は16分間に渡る映像をすべて見ることができたとのこと。

市政府および区警察幹部が見舞いに訪れた際に、殴ったのは陳さんが警官に「噛み付き」、傲慢な態度を取り警官を怒らせたからだ、との説明を行います。これに対して、陳さんの家族は「証拠を出して明らかにしようじゃないか」と映像の公開を迫ります。しかしながら、今にいたるまで映像は関連部門が封印・保管しており、公開されません。

陳さんの家族によれば、事件が発生して以後、次々に関係者が訪れ、「事件を法律によらずに解決しよう」、「重く扱わないでくれ」、さらには「処理するな」等々と訴えかけてきます。その理由として彼らは、「組織の栄誉を傷つける、ましてや我々は先進単位(優秀部門くらいの意味)なのだ」、「殴った警官達の家庭は非常に貧しい、処分をしたら彼らの生活はどうなる」等と、突っ込みどころ満載の発言を行ったそうです。

さらに、被害者の旦那の黄さんにも、同じ政府内の人間から「規律を守れ」、「これ以上話を大きくするな」、と圧力がかかり、一ヶ月間でやせ細ってしまったそうです。黄さんは板挟みで非常に苦しい立場に立たされてしまったわけですが、陳さんの妹によれば、親族の中には「これ以上官僚的対応を続けたいなら離婚をしろ」と迫る人もいたとのこと。

この事件の背景として、上級政府への直訴(中国語では「上訪」、「信報」)の問題があり、実は暴行を働いた6名の警官は全て直訴対応チームのメンバーなのですが、、、

ここまで書いておいてあれですが、あまりに眠いので本日はここまでとして、続きは明日書くことにします。いつも「やるやる詐欺」(懐かしい)の私ですが、今回はちゃんと書くようにします。